国の強制隔離政策によって差別を受けたハンセン病元患者の家族が起こした国家賠償請求訴訟で原告団長を務めた、元九州産業大学教授の林力(はやし・ちから)さんが2025年11月8日、胃がんのため死去しました。101歳でした。葬儀は11日午前11時、福岡市城南区友丘の妙泉寺で営まれます。喪主は長女の古長美知子(こちょう・みちこ)さん。
1924年、長崎県に生まれました。父親はハンセン病患者として国立療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県鹿屋市)に隔離され、四半世紀近く園で過ごした後、67歳で亡くなりました。林さん自身も幼少期から「腐れの子」と呼ばれるなどの差別に苦しみましたが、1974年に出版した著書で自らの境遇を公表しました。
2016年に提訴されたハンセン病家族訴訟では、匿名の原告が多い中、実名で原告団長を務めました。2019年の熊本地裁判決で国の責任が認められ、当時の安倍晋三首相による謝罪と、家族への補償法・改正基本法の成立につながりました。
また、生涯を通じて同和教育の発展にも尽力し、1961年に設立された福岡県同和教育研究協議会の初代会長を務め、全国同和教育研究協議会の副委員長なども歴任。各地で講演を行い、差別のない社会を目指して活動を続けました。
ハンセン病問題と人権教育の歴史に大きな足跡を残した林力さんのご冥福を心よりお祈りいたします。


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